LogoMarkWhite.png

山田洸太/Fenestralism のバックアップ(No.2)


Fenestralism

「窓的思考」による曖昧さの価値の再考

英:Rethinking the Value of Ambiguity Through “Window Thinking”

fenestralism02.jpg

概要

背景

 現代社会は、即時性や明快さを最優先し、立場や結論の迅速な提示が前提化している。その結果、曖昧さや逡巡といったの状態は許容されにくく、複雑な課題が賛否の二択へと単純化され、分断が固定化しやすい傾向にある。昨今における資本主義の加速とグローバル化は、相互理解を支える制度設計や社会基盤の整備を置き去りにしたまま急進した。その結果、本来社会全体で調整すべき摩擦が、差別や排外主義といった歪みとなり表出している。

 この構造的歪みは、最終的に個人の負担として転嫁される。余裕を失った個人において、複雑な他者の背景を想像する力は縮小し、安易な二項対立や即時的な断定が選好される状況にある。

 これは、文化領域にも波及している。美術館における鑑賞体験も予約管理や拡散前提の設計により短時間消費へ最適化され、曖昧さに留まる権利は公共的価値として扱われにくい現状がある。

目的

 本研究の目的は、「曖昧さ」や「揺らぎ」の受容を、多様性の尊重といった倫理的規範に委ねるのではなく、社会構造の一部として保持するための設計原理へと理論化し提示することにある。その中核概念として、窓が持つ「透過(他者への視線)」と「反射(自己の映り込み)」という二重性をモデル化した「Fenestralism(フェネストラリズム)」、すなわち「窓的思考」を提唱する。

 これは、「他者/自分」「公/私」など二項の間に生じる視座の揺らぎやズレを、あらかじめ関係性の前提として組み込む枠組みである。目指すのは、道徳的な指針化や個人の我慢の称揚ではなく、揺らぎがあっても共存が破綻しないよう空間・制度・ふるまいを設計することである。

 これにより、曖昧さを抱えた関係維持が理想論ではなく、分断回避と生存のための現実条件であることを示す。



理論的枠組み(第2章・第3章)

 多層的な窓的思考である Fenestralismは、ラテン語のfenestra(窓)に由来し、現代のガラス窓が持つ「透過(外部への視線)」と「反射(自己の映り込み)」の同時性をモデル化した概念である。単なる境界線ではなく、内と外、自己と他者が視覚的に重なり合う「レイヤー構造」に着目する(図1)。フレームによる視覚の限定が「アモーダル補完(見えない部分の脳内補完)」を促すという窓の特性(図2)や、写真表現における「記録」と「表現」の両義性を参照し、白黒つかない中間領域に留まり続けるための思考の足場として定義する。

diagram1.jpg
diagram2.jpg
左から図1:窓のレイヤー構造、図2:フレームの視覚限定による補完)



現代社会の分析(第4章〜第6章)

 曖昧さを阻害する構造的要因は、以下の三点に集約される。
⑴ 効率主義と批評性の無害化
  「タイパ(時間対効果)」の追求は、美術館における滞留や思索を「非効率」として排除し、鑑賞体験を短時間での消費へと最適化する。かつて批評性を持っていた表現さえも、文脈を剥奪された消費しやすい記号へと「無害化」され、問いを立てる力が奪われている。

⑵ 過剰な共感と想像力の希薄化
 SNSによる共感の数値化は、「わかりやすさ」への同調圧力を形成し、即時的な反応(報酬)が得られる表現への最適化を促す。これにより、共感しにくい複雑な背景や遠隔の他者への想像力が遮断されるだけでなく、内輪での共感を「正義」とした排他的な断罪、すなわち「共感の暴力」を生む土壌となっている。

⑶ カテゴライズによる分断の固定化
 推し活や性格診断(MBTI等)、あるいは政治的スタンスにおけるラベリングは、不安定な自己の輪郭を安定させるインフラとして機能する側面を持つ。しかしその反面、複雑な現実を「内/外」や「敵/味方」などの二項へと単純化し、他者を単一の属性へ閉じ込めてしまうリスクも孕んでいる。これは相互理解を「分類」へと置き換え、社会的な訂正を困難なものにし、分断を固定化させかねない。



実装論:余白インフラの設計(第7章)

 Fenestralismは、個人の精神論ではなく、社会的に実装可能な「制度・空間・ふるまい」の設計論として展開する。
⑴ マクロ実践:制度・公共圏
 都市公園における「Park-PFI(公募設置管理制度)」は、行政・民間・利用者の領域を半透明に重ね合わせる設計といえる。これは、複数の眼差しが交差する状態(相互の可視性)を、監視ではなく「安全と自由の資源」として活用するものである。

⑵ ミクロ実践:個人のふるまい
 散歩(予定調和からの逸脱)やプレイリスト編集(文脈の再編/QR参照)、複合型書店への滞在(緩やかな連帯)は、効率から意図的に距離を置く身体技法の実践である。即時の判断を保留し、答えの出ない事態に耐える力である「ネガティブ・ケイパビリティ」を日常的に養う。

⑶ 鑑賞体験における実践モデル:「ポケモン×工芸展」
 本展は、消費されやすい「情報(キャラクター)」に対し、人間国宝らの手による「物質(工芸)」を衝突させた。「物質的抵抗」によって視線を強制的に滞留させ、安易な消費を拒む批評的な場を成立させた、美術館におけるFenestralismの理想的モデルである。



結論(第8章)

 明確な枠組みと、その中の揺らぎ Fenestralismは、曖昧さを無条件に肯定するものではない。 差別や搾取を防ぐための「制度やルールの明確さ(Hard)」という強固な窓枠があって初めて、その内側で「解釈や関係性の揺らぎ(Soft)」が安全に許容される。本研究は、この構造を「余白インフラ」として定義した。 本研究の概念図(図3)に示すように、Fenestralismが目指すのは、同調的な「穴」や利己的な「鏡」に陥ることなく、社会への接続(透過)と自己への回帰(反射)の双方を高く保ち続ける「窓」の領域である。これは、二項対立に回収されない「第三の領域」を確保し、分断を回避して共存するための、現実的な生存戦略である。

diagram3.jpg
図3:Fenestralism概念図(4つの態度)







アウトプット

論文

写真(資料)




展示

壁面

4100 (3560) mm ×2面

論文

説明パネル

写真(資料)

参考

書籍

論文

作品